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名古屋地方裁判所 昭和31年(ワ)1630号 判決 1962年3月20日

原告 柴崎忠 外一名

被告 国

訴訟代理人 林倫正 外三名

主文

原告等の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、原告等訴訟代理人は「被告は原告柴崎忠に対し、金二、九〇六、七五〇円、原告渡辺浅市に対し、金一、一七八、三五〇円及び右各金員に対し昭和三〇年四月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因と、被告の主張に対する反駁を次のとおり陳述した。

一、(イ) 原告柴崎は多年に亘り同人ほか別紙(一)記載の人の共有にかかる愛知県幡豆郡一色町大字生田字竹生新田一番第三池沼二町二反五畝二四歩(昭和三〇年三月二四日、分割により同所一番の三池沼二町一反七畝二歩となつた)を借受けこれを養魚池として養魚事業を営み、

(ロ) 原告渡辺も亦多年に亘り別紙(二)記載の人の共有にかかる前同所二番の二池沼四町九反三畝一〇歩のうち約八反二畝二一歩を借受け、これを養魚池として養魚事業を営んできた。

二、しかして、昭和二八年九月二五日の第一三号颱風により、右大字生田字竹生新田地内の海岸堤防が決潰し、被告はその復旧工事をなしたのであるが、その際被告は原告等の了承を得ることなく、昭和二九年五月六日から同年六月一七日迄の間にサンドポンプを使用して、海底の土砂を吹上げ原告等の養魚池に土砂を流し込んで養魚池を埋没せしめ、原告等の養魚事業を不能にさせた。

その後原告等は被告に対し、しばしば右工事により流入した土砂を除去するように要求したが、被告はこれに応じず、辛じて原告柴崎の養魚池の埋没土砂は、昭和三〇年七月下旬より同年九月下旬迄の間にこれを除去したが、原告渡辺の養魚池の方は依然として、そのままである。そのため原告両名は、昭和二九年、三〇年に亘り、養魚事業を営むことができなかつた。

三、右の如き被告の不法行為により、原告両名は昭和二九、三〇年度における養魚事業により得べかりし利益、即ち原告柴崎は合計金二、九〇六、七五〇円、原告渡辺は合計金一、一七八、三五〇円をそれぞれ失つた。(損害金の詳細は別紙(三)のとおりである。)その後原告両名は、昭和三〇年四月一五日被告に対し右各損害の賠償を要求したが、被告はこれに応じない。

四、本件が仮りに、被告の不法行為でないとすれば、原告等は被告に対し、被告が一三号颱風の復旧事業の起業者としてなした本件工事の法律上の根拠は、本来地方自治法第二条第三条二、八号によつて、本件海岸堤防は愛知県知事の管理下にあるも、一三号颱風の被害は愛知県だけでは到底その復旧をなすことは不可能である非常災害であるため、愛知県知事の要請により、被告が事業主体となり、土地収用法第三条第五号第一二二条によつて、施行したものである。しかして同法第一二四条、第六八条及び第七三条により、起業者たる被告は土地を使用することによつて生ずる損失を土地所有者及び関係人に補償する義務を負担している。従つて、被告は、本件復旧事業の起業者として土地の使用による損害を当然賠償すべき義務あるところ、前記の如く、被告は、原告等の使用している土地の一時使用をなして遂行した本件工事により、原告等に前記の損害(詳細は別紙(三))を与えたので、原告等は昭和三〇年四月一五日被告に対し、右損害について補償を求めたところ、被告は、土地収用法第九四条に基き補償の協議を求めて来たが、不調になつたものであるから、同法に基ずく損害を補償する義務がある。

よつて、原告等は、被告に対し、右各損害金及びこれに対する右要求をなした翌日である昭和三〇年四月一六日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の主張を否認し

一、養魚池の使用不能と被告の土砂吹上工事について。

(1)  第一三号颱風により堤防が決潰したのは、前記新田東南部の凡そ一町で、本件係争地附近の堤防は上面土砂の厚さ最大二尺位が流失したのみであり、満潮時に原告等の養魚池に海水が流入し、それと共に多少の土砂を伴うことはあつても、被告が工事で流入させたような海底の泥土ではなくしかもその海水流入も澪止完成(昭和二九年四月二七日完成)迄であり、完成後は養魚池は使用可能であるところ、被告は澪止完成後サンドポンプによる工事をして、原告等の養魚池に土砂を流入させて、原告等の養魚池を使用不能にさせたものである。従つて、養魚池の使用不能は颱風による直接の被害ではなくて、被告の工事に基くものである。なお被告主張の如き樋門全壊の事実は存しない。

(2)  被告の工事により原告等の養魚池に流れ込んだ土砂の量は被告主張の如く少量ではなく、且つ仮りにそれが被告主張のとおりであつたとしても、原告等の養魚池は三尺ないし三尺五寸の水深を必要とするのに土砂堆積によりそれより浅くなつたのであるから、養魚池の使用は不可能であつた。

二、被告の土砂吹上工事は緊急事務管理であるとの主張について、

澪止工事は被告の主張するとおり一色町民の生命財産の安全のため、町内への海水の流入を防ぐための緊急にして且つ欠くことの出来ない工事であつたことは認めるが、

(1)  本件復旧工事は、被告は管理者である愛知県知事の要請に基き、県に代つてなしたる国自体の事業であり、この事業の副作用として、原告等被災者は利益を受けたに過ぎないものである。そして民法上の緊急事務管理の規定は、国家的大災害に際し、国家対被災者間に適用される如き規定ではない。

又養魚池への土砂の流入は澪止工事によるものではなく、澪止工事終了後、堤防の復旧工事をなすにあたり、サンドポンプを使用したためである。したがつて、サンドポンプによる土砂吹上は、被告の主張する緊急事務管理ではない。

(2)  仮りに被告主張の如く、緊急事務管理であるとしても、澪止工事は、昭和二九年四月までに一応完成し、海水が町の内に流入することは防止され、同年七月頃から養魚は一般的に可能であり、現実に同所において、多数の者が養魚をして収益を揚げていたものである。従つて、被告は緊急事務管理として、原告等の池沼内に流入堆積した土砂は、少くとも同年中に除去し、原形に復することが出来たものであつて、かくすることが原告等の意思に沿うものであり、しかも原告柴崎は、被告にこの旨同年八月に申出ており、被告においても充分原告等の意思を知りながら、そのまま放置し、原告等の意思に反して、悪意をもつて、又は少くとも重過失で管理を継続したものである。

従つて、被告は昭和三〇年度は勿論のこと、昭和二九年度においても養魚不能の損害を賠償する義務がある。

三、原告渡辺が被告主張の頃、中部地方建設局長に対し、土砂を取除かないでくれと申出たことは認めるが、それは次の如き事情によるものであつて、原告渡辺は土砂の流入は被告の不法行為によるものであることを認識し、且つ土砂の除去を必要としていたものである。即ち同原告は土砂流入後昭和三〇年七月一四日頃迄、中部地方建設局長に対し、しばしば被告の流入した土砂の除去方を要求し続けて来たのであるが、一向に応じられなかつたところ、本件養魚池共有者の一人訴外徳倉鮮治より、原告渡辺に対し、埋没土砂は、右訴外人が実弟徳倉正志をして取除かせると云つたので、中部地方建設局長に対し、被告主張の如き申出をしたのであるが、訴外徳倉が土砂の除去をしないまま今日に至つたのである。

四、被告の過失相殺の主張について、

本件損害の発生は被告が池沼内に土砂を流入させたことと、これを除却しなかつたことが原因であつて、原告等が工事中止変更又は流入除去を請求しなかつたことは、損害発生又はその原因には、次の如き理由で無関係である。即ち、当時原告等において仮りに被告に対し、工事の中止又は施行方法の変更を申出たとしても、被告がこれを認容しなかつたことは、現場の状態からして明らかであり、又流入土砂除去の請求をしたとしても、被告が直ちに応じなかつたであらうことも又容易に推察されたところであるからである。

第二、被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁並びに主張を次のとおり陳述した。

原告両名の請求原因事実中、原告両名がその主張の養魚事業を営んでいたこと、第一三号颱風により、前記竹生新田の海岸堤防が決潰し、被告が右海岸堤防復旧工事にあたり、サンドポンプを使用したこと、原告等主張の頃、原告等の養魚池が土砂堆積のため使用不能であつたこと、原告柴崎より昭和二九年八月下旬頃、昭和三〇年より養魚ができるように流入土砂を除去して欲しいとの申出があり、昭和三〇年八月二四日より、同年一〇月八日迄の間に、その土砂を除去したこと、本件決潰堤防の復旧工事は愛知県知事の要請に基き、被告が起業者となり土地収用法第三条第五号、第一二二条によつて施工したものであること及び同法第九四条に基き補償の協議を求めたことは認めるも、その余の事実は否認する。

被告の主張

一、土砂吹上工事について、原告等はこれを了承している。

即ち、第一三号颱風のため、堤防附近一帯は、海面状態となり、堤防敷地か民有地か識別が困難であつたので、被告はサンドポンプによる吹上工事に先立ち後日権利者から異議の出ぬよう一色町長にその旨依頼したところ、一色町を代表して町長は総括的に工事に承諾を与え、澪止工事の着手を要望したものである。

二、養魚池の使用不能は第一三号颱風によるものであつて、被告の工事に基くものではない。

(1)  第一三号颱風により、本件係争地の堤防附近は堤防の上面より約一米決潰し、満潮時には波浪の乗り越える個所もあり、竹生新田東南角約六百米の間の海岸堤防は完全決潰しその他の海岸線も本件係争地と大同小異の状況であり、且つ樋門も全壊していたので、右の完全決潰した約六百米の個所からは、常時海水が流入し、引続いて土砂も流入し、竹生新田一帯は海面同様の状況であつて、養魚は不可能であつた。その後昭和二九年四月二七日澪止工事が完成し、一応海水が竹生新田内に流入することは防いだが、なお新田内は泥海であつて、本格的な養魚は堤防の本工事及び樋門が完成せねば不可能であつた。しかして右堤防工事は昭和二九年一〇月一五日に、樋門は翌三〇年七月二〇日に完成したので、それにより初めて養魚は可能になつたのであつて、その間の養魚の不能は、第一三号颱風によるものである。

(2)  被告の吹上工事により、原告等の養魚池に多少の土砂が流入したことは認めるが、原告等の養魚池を埋めた土砂の大半は颱風による堤防決潰のため流入したものであつて、そのために養魚池の使用が不能になつたのである。即ち被告は吹上作業により吹上げたとほゞ同量の土砂を築堤及び他箇所の埋立に用いた。その概要は次のとおりである。

(イ) 昭和二九年五月二五日より同年六月二一日迄の間、本件養魚池附近の堤防にサンドポンプで吹上げた土砂=三二、〇〇〇立米

(ロ) 吹上中海水と共に海中へ流出した土砂=九、〇〇〇立米

(ハ) 吹上土砂中同年一〇月一五日堤防工事竣功までの間に築堤用として使用した土砂=一八、四九六立米

(ニ) 残土=(イ)より(ロ)及び(ハ)を差引いた四、五〇四立米

三、被告の土砂吹上作業は違法性がなく、しかも緊急事務管理である。第一三号颱風のため、一色町は前記の如く、全域泥海となり、引続き海水が流入している状況であつたから、原告両名はじめ一色町全町民の生命、財産に対する急迫な危害を免れしめるためには、まず同町内への海水の流入を防ぐべく澪止工事が必要であつた。従つて、そのため原告等の養魚池にサンドポンプによつて、土砂が流入したとしても右の如き事情のもとにおける土砂吹上工事は違法性がない。(この決潰堤防の復旧工事は通常の方法によれば一〇年かかるものであるが、緊急を要するため、一年間で仕上ぐべくサンドポンプを用いる方法によつたものである。)仮りにそうでないとしてもそれは緊急事務管理にあたると解されるところ、被告に重過失による債務不履行がないから原告等に損害が生じたと仮定しても被告には責任はない。

四、原告等の養魚池流入土砂除去の要求について。

(1)  原告柴崎からは昭和二九年八月下旬頃被告に対し、昭和三〇年から養魚のできるよう流入土砂を除去して欲しい旨の申出はあつたのであるが、当時築堤工事の最中で早速その申出に応ずることはできなかつたが、築堤工事も殆ど完成した昭和三〇年三月、原告柴崎の養魚池の測量をした上、同年八月二四日から同年一〇月八日迄の間に養魚池に流入していた土砂を振出し、他の築堤工事に使用した次第である。

(2)  原告渡辺は被告に対し流入土砂除去を要求していない。即ち昭和三〇年七月一四日被告の機関である中部地方建設局長に対し、原告渡辺の養魚池にある土砂は、自分で流用したいから除去しないでくれと申出ているのである。

五、仮りに原告等に生じた損害が被告の不法行為によるものであるとしてもその損害額は争う。即ち原告等は昭和二九年度の養魚による得べかりし収益を失つたと主張するが、同年度は颱風自体の被害で養魚はできず、仮りにできたとしても、従来の養魚が全部逃出してしまつた以上同年度の種児の販売は不可能である。

六、仮りに従来の被告の主張が全部認められないとしても、原告柴崎は右吹上工事完了後になつて、初めて土砂が流入したと称して、被告(一色土木出張所)に対し、該流入土砂の除去方の申出があり、原告渡辺についてはさような申出がなく、その間、原告等は、いずれも本件吹上工事が施行されていることを承知しながら、右工事の中止方の申入れもしなかつたものであるが、この吹上工事によつて、原告等の養魚池が埋没されて養魚不可能となつたのであれば、該工事中に、原告等において、該工事の中止方又は施行方法の変更を要求すべきであつたのに、かかる対策を講ずることもなく放置していたものであるから、原告等側にも過失があつたものである。従つて、被告に過失があつたとしても、原告等の右過失は、損害額を定めるにつき、大いに斟酌されるべきものであるから、ここに過失の相殺を主張する。

七、土地収用法による土地の使用であるとの点について、

原告等は、土地収用法にもとずいて、原告等の養魚池を使用したと主張するが、同法によつて右養魚池を使用したものではない。即ち第一三号颱風当時は、いまだ海岸法(昭和三一年法律第一〇一号)が制定公布されていなかつたので、保全施設に関する工事を必要とする場合には地方自治法第二条第三項第二号第八号によつて当該区域を管轄する愛知県知事が固有の行政事務としてこれをなすことになつていたが、被害の程度が広大かつ激甚であつたため、右知事より被告である国に復旧工事を委託され、被告は土地収用法第一二二条第一項但書により本件海岸堤防の決潰個所の復旧工事にあたつたのであるが、本来土地収用法に基いて土地を使用する場合には、その土地の使用について、裁決という処分によつて、又は協議と云う契約等によつて更には、非常災害の際には市町村長に通知という手続(土地収用法第一二二条第一項但書)によつて、それぞれ権限を附与されるものであり、いずれにしても対象となる土地の区域を特定することが必要であるところ、本件決潰堤防敷地については、前示法条によつて、一色町長に通知して、使用したものであるから、この土地について、原告等主張の如き使用関係が発生したものであることは争わない。しかして、右決潰個所の復旧工事に際しては、堤防敷地外の本件養魚池に土砂が流入しないように、右堤防敷地内に板がしら(杭を打ち、板と筵を張つた棚)を設けて吹上工事をなしたものであるが、それにも拘らず、原告等主張の如く、土砂が本件養魚池に流入したものであるとすればその流入によつて埋没した部分は、結果において使用されたこととなるものの、当初より本件養魚池を使用するために土地収用法によつたものではない。

しかして、土地収用法第九三条によれば、土地を収用し、又は使用して、その土地を事業の用に供することにより当該土地及び残地以外の土地について損失が生じた場合には、同法の手続により補償をするか、損失を受けた者等は、補償に代えて、起業者が当該工事を行うことを要求することができる旨の規定がある。そして被告は右規定にもとずいて、原告柴崎については金二〇三、三六〇円、原告渡辺については金六四、七四〇円の各損失の補償額を認定したものであるが、右認定に際しても、被告としては、原告等の申入れを参酌して養魚事業可能時期の起算日を昭和二九年八月として計算したのである。

仮りに原告等の右主張が土地収用法にもとずく補償金請求であるとするならば、その主張は不適法として却下さるべきである。即ち土地収用法第九四条によれば、本件の場合、その損失補償は起業者たる国と、原告等とが協議し、右協議不調の場合には、収用委員会の裁決を申請し、その裁決を得、その裁決に不服あるものは、裁決書の正本の送達を受けた日から三〇日以内に損失があつた土地の所在地の裁判所に対して訴を提起しなければならないところ、原告等は右に述べたように土地収用法第九三条による補償額を示されたにもかかわらず、これに同意しなかつたものであるから、同法第九四条所定の裁決の申請をなすべきであるのに、右手続を経なかつたのであるから、同法による補償を請求することは法の許さないところである。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告等がその主張の養魚池で養魚事業を営んでいたこと、第一三号台風により前記竹生新田の海岸堤防が決潰し、被告は右海岸堤防復旧工事にあたり、サンドポンプを使用したこと、原告等主張の頃原告等の養魚池が土砂堆積のため養魚に使用不能であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、よつて、先ず原告等の本件損害が被告の不法行為に基くものであるとの主張について審究する。

(一)  前示争いのない事実に、成立に争いがない甲第六ないし第九号証、乙第四ないし第七号証、原告柴崎との間で成立に争いがない乙第一、第二号証、原告渡辺との間で成立に争いがない乙第三号証(添付図面を除く)及び証人岡田勇一、藤井鉦一、深見章(一、二回)羽柴昭三、鈴木三之介、榊原源重、増田静雄、長島欣吾の各証言、原告本人柴崎忠、渡辺浅市の各本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)並びに検証の結果を綜合すると、次のような事実が認定される。

(1)  昭和二八年九月二五日夕刻、折柄秋分大潮の満潮時に、愛知県知多半島南部から三河湾に北東に向つて来襲した第一三号台風は、愛知県、三重県、静岡県一帯に甚大な被害を斉らし、特に海岸は異常高潮となつて、護岸堤防が決潰寸断され、海水が侵入して、国土、生命、財産に未曽有の損害を受けた。

しかして愛知県幡豆郡一色町は、知多湾に面し、海面以下の低地帯を控えているため、内堤防の外に更に外堤防と二重の堤防を設けて海水の侵入を防いでいるが、この堤防が右暴風下の異常高潮により五十余個所に亘り決潰したため、瞬時にして海水が陸地の奥深くまで侵入して、同町一帯は一面の泥海と化し、流失倒壊家屋続出し、同町のみで死者一六名行先不明一名負傷者数百名に達し、全産業は活動が停止して、交通は小舟による状況であつた。

かかる被害状況であつたので、一色町にあつては、先ず同町より海水の排出をはかるため、堤防を復旧せねばならなかつたが、外堤防の復旧は至難であつたので、内堤防で海水を阻止すべく、同町民はもとより、附近町村民の応援を得て、総力を挙げて内堤防の決潰個所を応急的に復旧して澪止工事を完了し、海水を内堤防内より排出してその侵入するのを阻止したが、それまでの間、同町の東部は約三〇日間、西部は約四〇日間にわたり海水が常時海面同様に侵入していたのである。

(2)  愛知県幡豆郡一色町大字生田字竹生新田は、同町の南端で知多湾に突出して位し、東西南の三方は約二六〇〇米に及ぶ外堤防をめぐらして海に面し、北は内堤防を経て陸地に接続し、これら堤防に包囲されたほぼ正方形をなす面積約八〇町歩を有する海面以下の低地帯であつて、内堤防附近に数戸の人家が点在するほかは、殆んど養魚池及び塩田として利用されており、原告柴崎の養魚池は同新田の西の堤防に沿つて南北に長い 形をなし、その南に続いて、原告渡辺の養魚池が西の堤防沿いに存在している。

右竹生新田の被害状況は、外堤防の東南角が約六〇〇米に亘り、完全に決潰したため、一瞬にして同新田は海中に没し、常時海水が侵入しており、原告等の養魚池の西側の堤防は、天端(堤防の上部)まで中等潮位より約三米の高さであつたのが、天端より約一米余の高さの土が約三〇〇米に亘りけずり取られ、外法面(堤防の海面側)の護岸石の裏の土が海水に洗われ、護岸石がくずれかけた個所も散在し、満潮時には海水に洗われて決潰しそうな危険状態が続いていた。

(3)  右に際し、国は特別措置法(昭和二八年法律第二五六号)を制定して災害の復旧等を促進するため特別措置を講ずることになつたので、愛知県は国に対して、その復旧を依託し、被告国がその機関たる建設省中部地方建設局のもとに愛知海岸工事部を特設して土木技術の粋を集め、人的、物的資源を動員して海岸復旧工事を行うこととなつた。

そこで被告は再びかかる台風による被害を蒙ることのないように、次期台風季節までの短期間内に、旧堤防以上の強度を発揮し、いかなる条件下にも安全であるべき恒久的な海岸堤防を築堤すべく、計画検討の上、附近一帯の被災海岸復旧工事に着手し、昭和二九年初頃より右竹生新田の復旧工事も進められ、同新田にあつては、前記東南の決潰個所約六〇〇米と、原告等の養魚池の西側堤防約三〇〇米の復旧補強に主力が注がれたのはいうまでもないが、先ず海に没した同新田より海水を堤防外に排出して海水の侵入を阻止するため、澪止工事をなすべく、右東南の決潰個所約六〇〇米に亘つて浚渫船によるサンドポンプで海底土砂を採取して約四六、〇〇〇立米を吹き溜め堆積し、応急的に復旧築堤して同年四月二七日澪止工事をなし遂げ、海水は間もなく、同新田より排出され、かくて海水が右新田内に侵入するのを一応堰止めたのである。

(4)  しかしながら右澪止工事は、築堤施行の一段階として応急的に海水の侵入を阻止したに過ぎないから、引続き築堤を施行しなくてはならず、原告等の養魚池の西側の堤防は約三〇〇米に亘り前記のとおり破壊されたままの状態であつて、この部分より直接海水の出入はなかつたけれども、堤防に衝突した波濤が堤防上に打上げて、天端裏法に落下し或は波浪が堤上に這上り、天端を越して裏法に流れて堤防を破壊するような状況で、再び台風が来襲したならば、容易に決潰するであろうことは明らかであるのみか、高潮時においてさえ危険状態であつたので、前記東南角と共に早急にこの部分の復旧補強を迫られていた。(この部分も施工上は全壊堤防として取扱われた。)

(5)  しかして、堤防の大部分の量を占めるものは土砂であつて堤防の補強工事は嵩上(旧天端に置土してこれを高める)腹付(法面に添土して断面を拡大する)を合わせ行うのを常とするが、これには多量の土砂を必要とし、右西側堤防にこの土砂を運搬堆積するについて、他の適当な土取場より土を採取運搬するなどということは、地理的にも時間的にも、又費用の面からも到底不可能であつたので、海上に浚渫船を浮べ、これよりサンドポンプによつて、海底の土砂を採取堆積するのほかなかつたのである。

いわゆるサンドポンプ船は、渦巻ポンプの一種である砂ポンプを浚渫船に据付けて、吸入管より水と共に水底の土砂を吸込み、排送管によつて遠距離に水分を流出させて、それに含まれる土砂を沈澱させるのであるから、その動作は全く連続的であつて、短期間内に多量の土砂を堆積できる唯一の方法であり、又あらゆる浚渫に耐え、堆積地を比較的近くに求められる場合には最も能率がよいので、近来非常に多く用いられているものであるが、本件復旧工事はかかる機械を動員してやらなければ、本件堤防上に短期間内に多量の土を堆積するということは、技術上も至難でありこれが唯一最善の方法であつたので、被告は原告等養魚池の西側堤防の外の海上約一五〇米に浚渫船を碇泊させ、サンドポンプにより築堤用土砂を採取して、旧堤上等に堆積させたのである。

(6)  右サンドポンプによる土砂吹き溜めでは、土砂を水と共に所定場所に排送し、水締めしながら埋立てるのであるから、排送管の敷設は浚渫工程に相当影響し、又捨土地内における排水については、土留堰板を作つて土砂の流失を防止する手段を講ずる必要があるので、排出口をいづれに敷設するかは浚渫工程堤防施工を充分検討して決すべきであるが本件においては、吹き溜め位置を堤防の表法(海に面する側)におくことは護岸石が被害を受けているので、その復旧が緊急問題であり、その工事に着手していたのと(護岸石が残つておれば、堤内に裏腹付するのが常道である)、海に面して流失土砂の堰留工事をするには、その工事自体に多大の費用を要するので、実施不可能であつたから、旧天端前端に板棚を設けて、これより堤裏にかけて吹き溜めるほかなかつたが、旧堤に嵩上、腹付するに要する土砂は、近くで採取する土砂が必ずしも築堤上の良質上とは限らぬのと、機械化による施行速度の急速化のため、自然沈下による締固めの時間がないので、堤体の断面は大型化しそのため約二三、〇〇〇立米に及ぶ多量の土砂を要すると予測されたので、この土を旧堤の国有地のみに吹き溜めるとすれば、異常の高さか、距離にしなくてはならず、かゝることは不能事であるのみか、裏腹付の補強をする必要上、当然原告等の養魚池にも堆積せねばならず、(裏腹付により堤体が大となり、新堤法尻は旧堤法尻より約二米拡がり従つて堤防に沿い幅約二米の私有地は堤防用地に買収された)、又土砂吹き溜め工事は、その他の堤防施工の能率をも充分考慮し、且つ流失土留堰手段の難易、経済性をも考え合せて、適度の幅と高さに所要量の土砂を堆積しなくてはならぬので、これらを検討の上、最も適当と思われた位置即ち、天端、前端と堤裏に法尻より約一〇米の地点に堤防に沿つて約一米半間隔に杭を打ち、板を隙間なく張り、これに筵を張つて、土砂の流失を防止する処置(これは土砂の流失を防いで一定個所に土を効率的に堆積させる効用を有すると同時に、原告等養魚池への土砂流失防止の役目を果すことはいうまでもない)を講じ、この間に約三六〇米の距離にわたり、同年五月二五日より同年六月二一日までに約二三、〇〇〇立米の土砂をほぼ旧堤防の高さに吹き溜め堆積したのである。

右堆積土砂の内約九、〇〇〇余立米はそのまま築堤成立となり、原告等養魚池に堆積させた分(但し法尻より二米の用地買収した分を除く)は盛土に使用する等して、現在の堤防は、天端まで中等潮位より約五、三米法尻は旧堤より約二米拡がり、従つて堤体断面は著しく大となり、恒久的に右新田を保護するであらうと思われる強度を有する堤防が同年一〇月一五日急速に完成したのである。

(7)  右の如く堤防の国有地のほか、堤防に沿つて法尻より約一〇米(但し内二米は用地買収した)に亘る原告等の養魚池を使用して、サンドポンプにより土砂を吹き溜め堆積したのは明らかであり、右吹き溜め工事に際し、土砂の流失を防止する手段を講じていたことは前記のとおりであるけれども、余水放流口及び土留堰板、筵の隙間から海水と共に微細な土が原告等の養魚池に流入して沈澱したものであること、尤も原告等の養魚池は台風のため、その西側堤防のけづり取られた土砂や、昭和二八年九月二五日侵入して昭和二九年四月二七日澪止工事完成まで新田内は海中に没していたので、その間は波浪により堤防裏法がけづられて、砂が堆積する等台風の被害による土砂も埋まつていたであろうから果して幾何の土が、右吹き溜め工事のために沈澱したかは詳らかではないが、ともかくサンドポンプの排流中に浮游する微細土砂が、前記土砂流失防止装置をとおして、原告等の養魚池に沈澱堆積したことは明らかである。

(8)  その後原告柴崎の養魚池については昭和二九年八月下旬頃同原告より土砂を取り除いてほしいとの申出により、被告は昭和三〇年八月二四日から同年一〇月八日までの間に土砂を取除いたこと(この点は当事者間に争いがない)取除いた土砂は約四、六〇〇立米であつて、これは被告の築堤工事のため沈澱堆積した土砂のみでなく、台風により埋まつた土砂も含まれていたこと並びに右除去工事は附近一帯の築堤の主要工事がほぼ完成後遅延なく行われたこと、原告渡辺の養魚池については、同原告が土を用水工事に利用したいから自分で処理する旨申出たので、被告が処理しなかつたこと、そして、被告は、昭和三一年三月原告柴崎に対しては、その養魚池を海岸復旧工事のため一時使用したことの補償として、金二〇三、三六〇円、原告渡辺に対しては同趣旨で金六四、七四〇円を支払う旨を申出ているのであるが、原告等がこれを承諾しておらないこと。

以上の各事実が夫々認められ、右認定に反する原告本人柴崎忠、渡辺浅市の各本人尋問の結果の一部は直ちには措信し難く、その他右認定を左右するに足る証拠がない。

(二)  以上認定の事実に徴すると、愛知県一帯の海岸線は第一三号台風により未曽有の被害を受けたが、被告は再びかかる被害を受けないように国土の安全をはかるため、翌年の台風来襲の季節までの短期間内に右被災地全域に亘り、最悪条件にも耐え得る護岸工事をなすべく計画検討の上、あらゆる力を動員し、土木技術の粋を集めて築堤施行にあたつたものであること、右被災地全般の海岸復旧工事の一環としてなされた原告等の養魚池の西側堤防工事に際しては、築堤用土砂の採取は浚渫船よりサンドポンプによつて堆積するのが現在の土木技術上最良の方法にして、他に道がなかつたのであり、その土砂の堆積場所は、旧堤天端より原告等の養魚池に法尻より約一〇米入つた幅に旧堤に沿つて吹き溜めるのが、種々の見地よりして、最も合理的且つ適切なものであつたこと、このため被告が旧堤上と共に、原告等の養魚池を堤防に沿い幅約一〇米の間に土砂を堆積して使用したのは、人命、財産の保護並びに国土保全のため、緊急必要な築堤施行をなすについての正当な行為と目さざるを得ないのであり、次に土砂吹き溜め工事にあたり、右土砂堆積場所の板棚をとおして、原告等養魚池内にサンドポンプの排流により、余水中に浮游する流失細土を沈澱させた点は、右土砂堆積位置よりして、余水が養魚池内に流失するのはやむを得ないところであり、流水と共に微細土が右堆積場所の棚をとおして、養魚池内に流失沈澱するのを阻止する完全な手段(流水中に浮游する微細土の流出を防ぐのであるから、完全な装置でなくてはならぬ)を講ずべきことを求めるのは、敢えて技術上不能ではないにしても、至難なことであり、築堤こそ、当時緊急至上の目的である際に、微細土流出防止手段に完璧を期していては主目的を失い、ひいては築堤工事遷延して原告等の不利益にもなるのであるから、前記状況下の施行に際して、施行者にかかる完全な装置を要求することは社会観念上不能を期待するものというほかなく、従つて、被告に、かかる完全な土留堰装置を講ずる義務がないものと考えられ、前記認定した程度の土砂流失防止手段を設けていたことをもつて過失なきものというべく、そして、完成した恒久的な強度を保有する堤防により原告等はもとより、右竹生新田利用者及び附近町民が安んじて生業を営むことが出来るようになつたものである。されば専ら公益の目的より出た緊急必要下の本件工事方法について、被告に非難を浴びせる点はないのであり、又被告がその後原告柴崎の養魚池内の土砂を主要工事完成後遅滞なく取除いており、原告渡辺の養魚池内の土砂は、同原告より他に利用したいので取除かないでくれとの申出によつて、放置していたのであり、しかも被告は原告等の養魚池を堤防工事のため一時使用したための補償金の額をも決定の上、これを支払う旨原告等に通知しているが、原告等がこれを承諾しないものであるなど本件築堤の目的、緊急性、必要性、工事方法に責むべき点のないこと並びに築堤による社会的利益と原告等の損害とを相関的全般的に検討考察すると、被告が築堤工事のため、不当に原告等の養魚池を使用した形跡を見出すことができないのであつて、右被告の行為は正当行為として違法性を有しないものと判定するのが相当である。

そうとすれば、原告等の損害発生が被告の不法行為に基くものであるとの主張は理由がない。

三、次に被告の原告等の本件養魚池の使用は土地収用法に基くものであるから、同法に基く補償金を請求するとの主張について審究するに、仮りに原告等主張のとおり、本件養魚池の使用が、非常災害の際の土地の使用を定めた土地収用法第一二二条第一項但書に基くものであり、従つて、原告等において、同法第一二四条により起業者たる被告に対し損失補償を求め得るとしても、右損失補償を受ける手続を定めた同法第九四条によれば、起業者と損失者とが損失の補償について協議し、右協議が不調の時には収用委員会の裁決を申請し、右裁決に不服のあるものは、裁決書の正本の送達を受けてから三〇日以内に損失があつた土地の所在地の裁判所に対して訴を提起できるものであるところ、これを本件について見ると、起業者である被告から昭和三一年三月原告柴崎に対して一時使用したことの補償として金二〇三、三六〇円、原告渡辺に対しては同趣旨で金六四、七四〇円の補償額を提出して協議したが、原告等の受け入れるところとならず、不調に終つたこと前記認定のとおりであるが、その後右協議不調により原告等又は被告において、収用委員会に対して裁決を申請したとの証拠は何もなく、従つて、原告等は右裁決手続を経過することなく、本訴において、右補償金を求めているものと認められる。

しかして、右第九四条は、訴願を前置しない訴ではあるが、裁決手続を経過することなく、協議不調になつた場合、直ちに裁判所に出訴することは認めておらず、さすれば、土地収用法に基く補償を請求する原告等の主張は出訴の要件を欠いているものと云わねばならない。してみると、原告等の右の主張も又理由がない。

四、そうだとすれば、原告等の本訴請求はその余の点につき判断を進めるまでもなく、いずれもその理由を欠くこととなるから、これが棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小淵連 杉浦龍二郎 山中紀行)

別紙 (一)

原告柴崎忠の養魚池である愛知県幡豆郡一色町大字生田字竹生新田一番の三池沼二町二反五畝二十四歩(昭和三十年三月二十四日分割に因り池沼二町一反七畝二歩となる)の所有者一覧表<省略>

別紙 (二)

原告渡辺浅市の養魚池を含む愛知県幡豆郡一色町大字生田字竹生新田二番の二池沼四町九反三畝十歩の所有者一覧表<省略>

別紙 (三)

原告柴崎忠の分

一、金弐百九拾万六千七百五拾円也 損害金総額

内訳

(一) 昭和二十九年度分

金百五拾参万五千円也 養魚事業により得べかりし純益金、

その計算関係

(イ) 養魚事業を営むために要する経費

一、金四拾万六千四百四拾円 鰻稚児代金四百六貫四百四十匁分、一貫目壱千円の割、養魚池壱坪当り六拾匁の割合で放入。

一、金壱万五千円也 鯉稚魚代金壱千五百尾分、壱尾(二寸五分より三寸のもの)金六円の割

一、金壱百参拾五万円也 餌料代金生鰯参千箱分、壱箱金四百五拾円の割

一、金拾五万円也 養魚育成管理人夫賃、一人十五ケ月分、一ケ月金一万円の割

一、金五万円也 電力代金

一、金壱万八千円也 養魚器具損耗費

一、金壱万弐千円也 魚撈人夫賃、三十人分、一人金四百円の割

合計金壱百九拾九万九千四百四拾円也

(ロ) 同収入

一、金参百万参千円也 鰻売上代金、壱千八百弐拾貫匁分、貫代金壱千六百五拾円の割、壱尾参拾匁乃至五拾匁成長のもの

一、金弐拾万六千四百四拾円也 鰻(右以外の未成長のもの)売上代金弐百六貫四百四拾匁分、貫代金壱千円の割

一、金弐拾参万七千五百円也 鯉売上代金、四百七拾五貫匁分、貫代金五百円の割、壱尾約弐百匁

一、金八万七千五百円也 鮒(自然産)売上代金、参百五拾貫匁分、貫代金弐百五拾円の割

合計金参百五拾参万四千四百四拾円也

(ハ) 右(ロ)より(イ)を控除した残額

一、金百五拾参万五千円也 純利益金

注 原告は右鰻及び鯉のほかイナをも養魚する予定であつたが、澪止が完成したのは昭和二十九年四月二十七日頃であり、当時すでにイナの稚魚放入の時期を失していたので、本年度はイナの養魚による収支は計上しない。

(二) 昭和三十年度分

金壱百参拾七万壱千七百五拾円也

養魚事業により得べかりし純益金

その計算関係

(イ) 養魚事業を営むために要する経費

一、金四拾万六千四百四拾円也 鰻稚児代金、四百六貫四百四十匁分一貫目壱千円の割、養魚池壱坪当り六拾匁の割合で放入。

一、金壱万六千弐百五拾円也 鰻稚魚代金、弐千五百尾分、壱尾(二寸五分乃至三寸のもの)金六円五拾銭の割

一、金参万九千円也 イナ種児代金、壱斗参升分、一升金参千円の割

一、金壱百五拾万円也 餌料代金、生鰯参千箱分、壱箱金五百円の割

一、金拾五万円也 養魚育成管理人夫賃、一人十五ケ月分、一ケ月金一万円の割

一、金五万円也 電力代金

一、金壱万六千円也 養魚器具損耗費

一、金壱万弐千円也 魚撈人夫賃、三十人分、一人金四百円の割

合計金弐百拾八万九千六百九拾円也

(ロ) 同収入

一、金二百七拾参万円也 鰻売上代金、壱千八百弐拾貫分、貫代金壱千五百円の割、壱尾参拾匁乃至五拾匁成長のもの

一、金弐拾万六千四百四拾円也 鰻(右以外の末成長のもの)売上代金、弐百六貫四百四拾匁分、貫代金壱千円の割

一、金参拾万円也 イナ売上代金、五百貫匁分、貫代金六百円の割、壱尾約八十匁

一、金弐拾参万七千五百円也 鯉売上代金、四百七拾五貫匁分

一、金八万七千五百円也 鮒(自然産)売上代金、参百五拾貫匁分、貫代金二百五十円の割

合計金参百五拾六万壱千四百四拾円也

(ハ) 右(ロ)より(イ)を控除した残額

一、金壱百参拾七万壱千七百五拾円也 純利益金

(三) 右(一)の(ハ)と(二)の(ハ)との合計

一、金弐百九拾万六千七百五拾円也 二ケ年分純利益金

原告渡辺浅市の分

一、金壱百拾七万八千参百五拾円也 損害金総額

内訳

(一) 昭和二十九年度分

金六拾壱万弐千九百円也 養魚事業により得べかりし利益金、その計算関係

(イ) 養魚事業を営むために要する経費

一、金拾五万円也 鰻種児代金、百五拾貫匁分、一貫目壱千円の割、養魚池壱坪当り六拾匁の割合で投入

一、金五千四百円也 鰻稚児代金、九百尾分、壱尾(二寸五分乃至三寸のもの)金六円の割

一、金四拾五万円也 餌料代金、生鰯壱千箱分、壱箱金四百五拾円の割

一、金六万円也 養魚育成管理人夫賃、一人六ケ月分一ケ月金一万円の割

一、金壱万弐千円也 電力料金

一、金八千円也 養魚器具損耗費

一、金七千弐百円也 魚撈人夫賃、十八人分、一人金四百円の割

合計金六拾九万弐千六百円也

(ロ) 同収入

一、金壱百拾弐万弐千円也 鰻売上代金、六百八拾貫匁分、貫代金壱千六百五拾円の割、壱尾参拾匁乃至五拾匁成長のもの

一、金七万七千円也 鰻(未成長)売上代金、七拾七貫匁分、貫代金壱千円の割

一、金八万円也 鰻売上代金、百六十貫匁分、貫代金五百円の割、壱尾約弐百匁

一、金弐万六千五百円也 鮒(自然産)売上代金、百参拾貫匁分、貫代金弐百五拾円

合計金壱百参拾万五千五百円也

(ハ) 右(ロ)より(イ)を控除した残額

一、金六拾壱万弐千九百円也 純利益金

注 原告は右鰻及び鯉のほかイナをも養殖する予定であつたが澪止が完成したのは昭和二十九年四月二十七日頃であり、当時すでにイナの稚魚放入の時期を失していたので本年度はイナの養魚による収入は計上しない。

(二) 昭和三十年度分

金五拾六万五千四百五拾円也 養魚事業により得べかりし純益金

その計算関係

(イ) 養魚事業を営むために要する経費

一、金拾五万円也 鯉稚児代金、百五拾貫匁分、貫代金壱千円の割、一坪当り六拾匁の割で投入

一、金五千八百五拾円也 鯉稚魚代金、九百尾分、一尾(二寸五分乃至三寸のもの)金六円五拾銭替

一、金壱万五千円也 イナ稚児代金、五升分、一升金参千円の割

一、金五拾万円也 餌料代金、生鰯壱千箱分、壱箱金五百円の割

一、金六万円也 養魚育成管理人夫賃、一人六ケ月分一ケ月金壱万円の割

一、金壱万弐千円也 電力代金

一、金八千円也 養魚用器具損耗費

一、金七千弐百円也 魚撈人夫賃、十八人分、一人金四百円の割

合計金七拾五万八千五拾円也

(ロ) 同収入

一、金壱百弐万円也 鰻売上代金、六百八拾貫匁分、貫代金壱千五百円の割、一尾参拾匁乃至五拾匁成長のもの

一、金七万七千円也 未成長鰻売上代金、七拾七貫匁分、貫代金壱千円の割

一、金八万円也 鯉売上代金、壱百六拾貫匁分、貫代金五百円の割、一尾約弐百匁

一、金拾弐万円也 イナ売上代金、弐百貫匁分、貫代金六百円の割、一尾約八十匁

一、金弐万六千五百円也 鮒(自然産)売上代金、壱百参拾貫匁分、貫代金弐百五拾円の割

合計金壱百参拾弐万参千五百円也

(ハ) 右(ロ)より(イ)を控除した残額

一、金五拾六万五千四百五拾円也 純益金

(三) 右(一)の(ハ)と(二)の(ハ)との合計

一、金壱百拾七万八千参百五拾円也 二ケ年分純利益金

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